兄に嘘をつかれて遺産分割協議書にハンコを押してしまった!相続のやり直しはできる?【弁護士解説】
「内容をよく確認しないまま、遺産分割協議書にハンコを押してしまった」という内容の相談は、当法律事務所でもよくあります。
一度成立してしまった遺産分割協議をやり直すことは容易ではありませんが、他の相続人に嘘をつかれていたなどの事情がある場合には遺産分割協議の無効を主張できることも。
今回は、遺産分割協議をやり直せるケースや他の相続人に遺産分割協議書を渡された場合に注意するべき点について、那賀島弁護士に伺いました。
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事例
私(A)は2人兄妹の妹です。
先日、母が亡くなり、相続がありました。
遺言書はありません。
兄からは相続財産は「価値のない土地と、現金500万だけ」と聞いており、兄を信用し、現金だけ半分もらって遺産分割協議書にハンコを押しました。
ところが、最近「母が持っていた土地が売れたらしい」と他の親族から聞いて調べたところ、土地の名義が母が生きているうちに兄や義姉、甥姪に変えられていたことがわかりました。
また、最近兄の家族は家を新築したり、子どもを海外に留学させたり、高級外車を乗り回したりと贅沢な暮らしをしているようです。
兄は中小企業のサラリーマン、義姉はパート主婦でそんなに家計に余裕はないはずなのですが……。
相続の際、兄にだまされたのではないかと疑っています。
このような場合、相続のやり直しはできないのでしょうか?
一度サインした遺産分割協議書の内容をひっくり返すのは難しい
ーそもそも一度サインした遺産分割協議書の内容をひっくり返すことはできるのでしょうか?
今回の事例はよくある話かなと思います。
実際、相談に来られる方も多いです。
というのも、相続財産の中身を確認しないまま兄弟を信用して、遺産分割協議書にサインをしちゃうっていう人は一定数いらっしゃるんですね。
しかし、遺産分割協議書に一度署名しちゃうと、それをひっくり返すのは非常に大変です。
だからこそ、弁護士としては、「遺産分割協議書に載っている財産が本当に相続財産全てなのか」っていう確認は必ずしていただきたいというのが本音です。
ーなるほど。
遺産分割協議は、基本的に共同相続人の全員の合意があればやり直しはできます。
ただ、こうしたこじれたケースだと、お兄さんは「やり直しはできない」というふうに迫ってくるんじゃないかなと思うんですよね。
ー話し合いでの解決は難しいと。
そうです。
それ以外にどういう手段があるのかということですが、遺産分割の協議のやり直しを求めるためには、「自分の勘違いだ」あるいは「騙された」っていうことで無効だっていうことを裁判で言っていかないといけないんです。
こうなるとひっくり返すまでに、時間もかかるしお金もかかります。
一度成立した遺産分割協議をやり直すというのは本当に大変なんです。
しかも、こういう他の相続人の言葉を信じて判子を教えてしまったようなケースだと、困っている側の手元に控えすら持ってないケースが多いんですよね。
そのため、遺産分割の内容すらご本人が覚えてないということがある。
こうなると、遺産分割の内容を確認するのも結構大変なんです。
持っている側が「決まったことだから別にいいでしょ」って、必要な資料を出してくれないんですよね。
そうすると、不動産の登記原因を法務局の方に問い合わせするなどの手段で逐一確認をせざるを得ないんですけれども、時間が経っちゃってるとそれも困難になっちゃうんですよね。
ーなるほど…本当に一度成立した遺産分割協議をひっくり返すというのは難しいんですね。
遺産分割協議の話が出た場合における相続人の心得とは
ー一度遺産分割協議が成立するとやり直しが難しいということですが、実際の相続の場で相続人としてはどのようなことに気をつければいいんでしょうか。
まず大前提として遺産分割協議書に署名押印するんだったら、内容をしっかり確認すること、そして控えをもらうこと。
この2点が非常に重要です。
ー遺産分割協議書は自分でコピーしてもいいんでしょうか
もちろんです。
どうも日本の遺産分割って、遺産に対して口出しをするのが「はしたない」みたいな風潮があるような印象があります。
そのせいか、四十九日の席で突然遺産分割協議書を渡されて、内容を確認しないまま、「はい、わかりました」と署名押印して相手方に渡しちゃう方も多いんです。
そうしたくなる気持ちはわかるんですけども、実際問題こうしたことをやってしまうとすごく後悔することになりやすいです。
ですから、遺産分割協議書については必ず中身を確認して、その場で相手方に渡さないように気をつけていただければと思います。
ーそうですよね。考えてみたら遺産分割協議書って、作っている方がいるわけじゃないですか。契約書じゃないですけど、もしくは作った方が有利な内容になっているかもしれないですよね。
おっしゃる通りですね。
契約を結ぶ際は自分で持ち帰って契約書を検討して、後で渡すってのが一般的でしょうし、契約交渉の場で署名押印する場合でも事前に文案をすり合わせますよね。
ところが遺産分割協議書って、そういう契約書と良いと同じぐらい重要な書類のはずなのに、家族間のことだからか慎重さが失われてしまうケースが多い。
身内の問題だからと軽く考えず、遺産分割協議書には十分注意してほしいなとは思います。
ーそのあたりはちょっとシビアにということでしょうか。
そうですね。
四十九日の席で全部相続問題を解決するっていうのはちょっと特殊だと思った方がいいんでしょうね。
四十九日の席というのは、主催者の人がみんなに「こうこうだから」というふうに説明をする機会というように捉えておいたほうがいいと思いますよ。
ーもし遺産分割協議書を渡されたとしてもいったん持ち帰る。必ず自分でコピーを取っておいて、さらに内容を見て、判子を押してもいいかどうか考えると。
ーええ。今回のケースは2人兄弟だからまだシンプルですけども、兄弟が多い場合は話が複雑になります。遺産分割協議書の内容に賛成する側とそうでない側とで対立が起きて、最悪の場合「遺産分割協議書の内容がおかしい」と言っている側が、他の兄弟に一方的に責められるということもありますので。
ですから、他の兄弟が遺産分割協議書を持っているから自分はコピーを取らなくていい、という発想はやっぱり危険なんですよ。
「自分でコピーを取って自分の責任で保管しましょうね」というのが大事ですね。
遺産分割協議書にない財産が見つかった場合の処理にも注意が必要
遺産分割協議では、相続遺産の内容の確認も大事です。
何が書いてあって、実際にどんなものが相続時点で残っているのか。
さらに、遺産分割協議書には普通、遺産の目録がついています。
この目録にない財産が出てきたときに、どう処理されるのっていうこともちゃんと確認しないと駄目ですよね。
ー今だと例えばネットバンクとか、仮想通貨とかでしょうか。
そうですね。
デジタルが関連するような遺産、いわゆるデジタル遺産って言われているものをどう開示していくのかとか、所在をどうやって確かめるのかとか、そういった問題も実はあるんですよね。
特にデジタル遺産系は漏れやすいので、こうした遺産に対して誰がどういうふうに取得するのか決まってるのかどうかで。
そこも確認する必要がありますよね。
ーもし決まっていなかった場合に、後で発覚した場合どうなるんですか。
そうですね、普通、遺産分割協議書のテンプレートには「その遺産目録にないものは全て誰々が取得するみたいな感じ」で定められてることが多いので。
通常はそれに従うことになるかと思います。
ただ、ネットバンクに多額の預金があっただとか、その仮想通貨が多額で遺産全体に比べても占める割合があまりにも大きいですということだと、本当にその遺産分割協議書を有効にしてしまってよいのかという問題になっちゃいますよね。
そこまで他の相続人も合意したのかっていう問題になっちゃうので、遺産分割協議は無効じゃないかっていう方向で話が進む可能性があります。
話し合いで穏便に済ませられるか、裁判になるかは状況次第ですけども。
あとは非上場の株式や投資した会社の持分とかですね。
そういったものはなかなか換金が難しいんです。
ですので、こうした資産が新しく見つかった場合はもめやすいですね。
「遺産分割の前提がおかしいかも?」というケースで弁護士がやること
今回のケースでは価値のない土地だよという兄の言葉を信じたのかどうか」っていうところが大事になるでしょうね。
ーなんか、お兄さんが土地を売ったあとで一気に裕福になっていますものね。
はい。
こういうケースでご相談を受けた場合は、いったん弁護士の方で事実関係を確認するために、調査を入れることになると思います。
その不動産がどういう経緯でいつ売れたのか、当該不動産の買い主があのいくらのローンを組んで買ってるのかというところを見れば大体おおよそ幾らで売れたのかなっていうところは確認できますので。
それによって本当に価値のない土地だったのかどうかということはわかりますよね。
ーここは先生の腕の見せ所という感じでしょうか。
そうですね。
まず受任する前に調査を入れて、その結果を踏まえて相談者さんにアドバイスをすることになるかと思います。
すごい価値のある土地だったということになると、「遺産分割協議をやり直した方がいいんじゃないですか」っていう方向でお話することになるでしょうし、逆に全然価値がなかったということであれば、「もしかしたら相談者さんの思い違いかもしれませんね」という話になりますので。
「おかしいな」と思えることがありましたら、早めにご相談に来ていただければと思います。
弁護士からひとこと
遺産分割協議書を覆すのは大変ですので、もし気になることがあるようであればハンコを押す前に弁護士に相談するのがベストではあります。
しかし、一度ハンコを押してしまったようなケースでも、他の相続人が遺産分割協議の際に嘘をついていたのであれば、いったんまとまった遺産分割協議を覆せる可能性がないわけではありません。
特に今回のようなケース、お兄さんが遺産分割協議後にいきなり裕福になっているということであれば、他の相続人が騙されてる可能性が高いので一度調査をすべきですし、調査結果によっては、遺産分割協議の無効を主張することはできると思います。
ただ、実際問題、資料がないとなかなかお力になれないことも多いですし、裁判所の力を借りることもできないので、できれば遺産分割協議書や遺産分割協議の録音データといった資料を準備いただけるとありがたいです。
不安なことや気になっていることがある場合は相続が起きた段階で一度ご相談いただければと思います。
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