自営業者・個人事業主のための相続ガイド~事業承継の難しさとその乗り越え方【弁護士解説】
自営業者の相続は事業承継の問題が絡むことが多く、一般の相続に比べてもトラブルが起きやすい傾向があります。
今の事業を次の世代に引き継いでいくためにはどうするべきなのか。
那賀島弁護士に、自営業者ならではの相続問題と適切な対策について伺いました。
事例
私は3人兄弟の末っ子です。
現在は結婚し、県外に出ています。
父は長年、駅前の商店街で洋菓子店を営んでおり、現在は次兄が家業を手伝っています。
ところが、この前父親が50代で急逝し、さらに遺言も遺していなかったために相続問題が浮上しました。
次兄は自身が事業を継ぎ、店の経営を続けたいと希望している一方で、長兄は事業の将来性を心配して、今のうちに土地などを売却したほうがいいのではないかと主張しており、相続人間で意見の対立が起きています。
私と母は兄弟で喧嘩してほしくないと思い、中立を保っているのですが、これからどうすればよいでしょうか。
遺産の内容は土地、店舗兼自宅、現金は1000万円ほど、銀行からの借り入れが数百万円あるようです。
自営業者の相続における課題とその対応
ー今回は自営業者の相続について伺います。先生自身も個人で弁護士業を営んでいらっしゃる自営業者ですが、個人事業主の方が相続で相談に来られるケースが結構ありますか。
そうですね。
個人事業主の方が被相続人になるというケースは結構あります。
そうすると家業を誰が継ぐのか、その人に財産が集中してしまうことによる不公平感といった問題が出てきますね。
こういったトラブルで悩まれる方は多い印象です。
ー被相続人の方としては後継者に資産を集中させたいという希望があると思います。しかし、何も対策しないまま相続が起きた場合、問題が出てくるということでしょうか。
場合によっては、事業の継続が危ぶまれる可能性もあります。
特に兄弟間で考え方が違うケースでは問題が生じやすいですよね。
今回の事例のように、「現金はないけれど、店舗や自宅はある」というケースだと、不動産を売ってお金をくれ、という話になってきますから。
ーいくら不動産とはいえ、店舗兼自宅だと売りたくても売れないですよね。売ったら事業が継続できなくなってしまいます。
そうなんですよ。
その場合は不動産を維持するために、他の相続人に代償金(不動産を売って分けた場合にもらえるはずだったお金)を払わなければなりません。
実際には、自分の代で新しいローンを組んで代償金を支払ったり、分割払いにしてもらったり、といった形で対応する人も多いですね。
ただ、それでも話がまとまるまでには結構時間がかかりますし、もめるケースも少なくありません。
遺産分割協議が上手く進まない場合、裁判所での解決を考えなければいけなさそうな事案ではあります。
事業をクローズするというのであればシンプルに「すべてを売って分けましょう」という話で済むことも多いのですが、事業継続を希望する場合は難しい問題が出てきますね。
ーとなると、後継者がいるからこそ事前の準備が大切なんですね。もし事業の継続を希望する相続人がいる場合、 どのような準備が必要でしょうか。
そもそも事業に使う用の資産と個人用の資産が分けられているかという問題はありますが、とりあえず事業用資産を遺産から取り除くことは大事だと思います。
生前贈与などで後継者に名義を変えるといった方法も考えられます。
そうすれば遺産ではなくなりますので。
まずは、ここから対策を考える形になると思います。
ー 事業用の資産を後継者に移すというわけですね。
はい、贈与や売買で財産の名義を移すという処理が必要だと思います。
もっとも、なかなかそういったことができる方は少ないですけどね。
自分が亡くなるなんて思わないですから。
多いのは、本人が病気になってから、あるいは亡くなる直前に、周囲の人が主導して財産の名義変更をやろうとするパターンです。
それでもめてしまうというケースは少なくありません。
元気なうちに潔く引退して後継者に事業を引き継ぐ、というケースはなかなかないんです。
というのも、事業で成功して子供に継がせたいとなるのは、事業に成功してるからなんですよね。
そして、成功している人というのは「生涯現役でやりたい」と考えていることが多いような気がします。
それを思うと、実際には生前贈与は現実的ではないかもしれませんね。
株式会社だとゴーイングコンサーンという発想があって、株式だけ持って経営から退くということができますが、個人事業主だとその辺りは曖昧になりやすいですから。
ーそれでは法人化という選択肢も個人事業主の方にはあり得るのでしょうか。
法人には法人の問題もありますが、やり方によっては事業承継がやりやすくなることもありますね。
ーなるほど、事業の規模によっては法人化も考えなければなりませんね。ちなみに先生のところに来るご相談は相続が起きる前の話が多いですか? それとも起きた後の話の方が多いですか。
起きた後か起きる直前でというパターンが多いです。
特に起きる直前のご相談は非常に多いですね。
ただ、この場合、対策できることってほとんどないんですよ。
亡くなる直前であれば意思能力はないですし、遺言も作れないでしょう。
そうなると協議や調停で揉めてしまうことになると思います。
ー「もっと早く来てくれれば、いろいろやりようがあったのに」ということになるんですね。
そうですね。
もっと早く来てくれたら、できれば被相続人の方が生前にちゃんと連絡してくれればこんな風にはならなかっただろうなというケースはかなり見てると思います。
事業用資産を後継者に生前贈与するのは難しいかもしれませんが、せめて遺言は作成しておくことをおすすめしたいです。
本来、事業承継は税理士の先生とも連携しながら慎重に進めていくべきものです。
早めに対策を始めれば、税制や遺留分の点で後継者に有利な形で相続できるようなスキームを組むこともできます。
60歳ぐらいから、遺言や生前贈与をを考えていただく必要があると思います。
事業の価値や資産、負債の評価はどうなる?
ーここからはちょっと視点を変えて、事業の価値や資産の評価についてお伺いできればと思います。事業の価値や資産はどのように評価すればよいのでしょうか
個人事業の場合、事業の価値は相続財産として評価されないことがほとんどですね。
事業体じゃないですから。
せいぜい在庫の価値とか棚卸資産の価値とかその程度の話になると思います。
例えば今回の事例であれば、洋菓子製造機械がいくらなのか、つまり動産としての価値がどれぐらいなのか、というような話になります。
ただ、在庫や機械の価値というのはよほどのものでなければ二束三文になっちゃうことの方が多いでしょうね。
ーつまり、不動産がない方がかえって相続がシンプルにいくということでしょうか?
そうですね。
今回の事例の場合は駅前の商店街に店舗兼自宅がありますのでこれが大きな財産になります。
その価値をめぐって争いになると思います。
ーそうなると最初の方で先生がおっしゃったように「不動産の代償金を払えますか」という話になってくるんですね。
そうですね、それが払えないと事業継続が難しくなるんじゃないかという問題が出てきます。
不動産は残しておきたい。
しかし、事業継続のためには現金も必要になりますから、現金も残しておかなければならない。
代償金を支払って、まとまった金額の現金も残す、というのは難しいと思います。
また、お店をやっているのであれば 借入がある場合もあるでしょう。
その場合は借り換えを考えるなど負債に対する対応も必要になってきます。
負債については基本的には相続人たちが平等に負担しなければならないということになりますから、 その対応をどうするかでまた揉めるかもしれません。
ただ、今回のように後継者が決まっている場合、「事業で出た負債なら後継者が払ってくれ」という話になりそうです。
それを交渉材料にして「借金は返すから代償金を減らしてくれ」という方針で協議すればよいと思いますよ。
ー仮に、今回の事例で先生が後継者側の代理人だったとしたらそういう形で交渉するんですか。
そうですね、なるべく店舗兼自宅の価値を低く見積もって、代償金の金額を低めに抑えて、さらに負債も自分たちで返済するから「このくらいの金額でいかがでしょうか」というスタンスで提案するという形になると思いますね。
ーなるほど、話し合いで落としどころを探すという形なんですね。
後継者がいる状況では、「全部売却してみんなで分けようね」というドラスティックな展開にはなりにくいと思います。
ただ、代償金の問題はありますので、それをどう調整するかがポイントになるでしょう。
今回のように、お母さんが配偶者として自宅に住んでいるのであれば、配偶者居住権をお母さんに与えて、その分自宅の評価額を下げるというテクニックもありますね。
ー今回は被相続人の配偶者が残っているからそういうこともできるわけですね。
そうです。
お母さんが健在のうちに次の相続対策をしてもらうということです。
もしかしたら、こういったアイディアは専門家じゃないと出てこないかもしれませんね。
そこはやはり専門家に相談してもらう必要があるかと思います。
事業承継をする場合の注意点
ーちなみに実際にはあまりないということだったのですが、 事業承継をしようという相談者が現れた場合、その事業の業種や規模によって相続における注意点や対応が変わったりということはありますか。
まず従業員を雇っているのかどうかで対応が違うでしょうね。
従業員がいる場合、後継者を従業員たちに認めさせることができるのか、ということも必要になってきますしね。
個人事業だと、法人とは違って代表者の権限が見えにくいですから。
また顧客がついてきてくれるかという問題もあります。
そういう意味では少し法律問題から離れますけれども、先代が元気なうちにきちんと根回ししておく必要があるでしょうね。
さらに、業種によっては、行政への対応も必要になってくることがあります。
例えば飲食店のように営業をするのに行政の手続きが必要になる業種の場合がそうですね。
営業許可を先代の名義でとっているとそれを書き換えないといけないという問題が出てきます。
このあたりの手続きは亡くなった後にやるとバタバタしてしまうので、できれば生前に進めておけるといいですよね。
弁護士からひとこと
私自身自営業者なのでよくわかるのですが、自分の事業を引き継いでくれる人がいるというのは幸せなことです。
それだけに、その引継ぎがうまくいかなくて問題になるともったいないとも思います。
もし後継者がいるのであれば、その人が次の世代も事業を発展させられるように前もって準備をしておくことが重要です。
これは法的な観点や税務的な観点が関わることですので、税理士や弁護士に必ず相談してほしいですね。
もし何か気になることや不安があれば、お気軽にご相談いただければと思います。
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