障害の子どもの未来を守る相続の形とは~想定されるリスクと家族が行うべき準備【弁護士解説】
障害を持つお子さんを持つ家庭の相続には、一般家庭とは異なる課題を持っています。
障害を持つお子さんを持つ親にとって、相続の準備はただの法的手続きではなく、お子さんの未来を守るための重要なステップです。
お子さんの平穏な生活を守るためにいったい何をすればいいのか。
今回は那賀島弁護士に、その具体的な方法や注意点を伺いました。
事例
わたしは60代の男性です。
妻と子どもが2人います。
子どもはともに成人しており、1人は結婚して子どももいます。
しかし、もうひとりの子どもに障害があり、現在障害年金も受けています。
今は私達がその子の面倒を見ていますが、私たちにもし何かあったらと思うと心配です。
子どもたちのためにも今から相続について考えたいと思っていますが、何をすればいいでしょうか?
障害を持つお子さんと相続のリアル
ー那賀島先生、障害を持つお子さんの親御さんからの相談というのは多いのでしょうか。
非常に多い部類だと思いますね。
ー例えばどんなケースが考えられるのでしょうか
統合失調症であるとか、脳に先天性の異常があって寝たきりで過ごしていらっしゃるとか、そういう自立が難しいお子さんを持つ親御さんからの相談というのは高い頻度であります。
ー親御さんからの相談がメインなのでしょうか。ご兄弟とかからの相談はあるのでしょうか。
メインは親御さんですね。
兄弟は大人になって別に家庭を持つとあまり実家の方にはタッチしない感じになっちゃうんだと思います。
ーそのようなご家庭で相続において最も直面するトラブルにはどのようなものがあるのでしょうか?
そうですね。
遺産を巡る争いになるようなケースというのはあまり多くありません。
というのも、障害のある人に多く財産を残すことについて家族全員が納得できていることが多いからです。
しかし、誰がその子の面倒を見ていくのか、その費用は誰が負担するのかというところが問題になりやすいですね。
これは結構難しい問題です。
障害のあるお子さんですと、親御さんと一緒に暮らしているというケースも多いと思います。
一方で兄弟は成人して、家を出ている。
そのような状況で親御さんが亡くなっても、兄弟に実家に戻ってもらうわけにもいかないということが多いのではないでしょうか。
そうすると事実上施設に入れるという話にはなるんですけれども、その施設の契約を誰がどうやってするのかという問題に直面することになりますね。
ー難しいですね。障害のあるお子さん本人に判断能力がないとなるとさらに難しいですよね。契約もできないでしょうし。
そうですね。
そういう方については、成年後見を申し立てて後見人に対応してもらうしかないと思います。
判断能力がほとんどない状態ですと、契約もできないですから。
ーそういう負担が、残された兄弟にのしかかってくるかもしれないという話になるのでしょうか。
そうですね。
兄弟が対応するケースもあるかと思いますが、遠方に住んでいるなど事情によってはうまくいかない可能性もあります。
そうすると近くの専門家に後見人になってもらうという選択肢を取らざるを得ないと思います。
ーこれは一人っ子の場合も同じような感じになるのでしょうか。
一人っ子で親御さんが亡くなった場合は、行政が対応しているのが現実だと思います。
その人の身上監護(本人の生活の維持のための仕事、療養、看護)の問題もありますから。
現実問題として1人で生活することが難しいと思いますので、どこかの施設に入るしかないという話になってくるかもしれません。
求められる相続の準備とは
ーそれでは、いざ相続が起こってしまうと選択肢がほぼ無いという感じなんでしょうか。親が生きているうちに対策しておけば、もう少し本人のためにいろいろできたかもしれないのに。
そうですよね。
きっと親御さんの方も、自分が亡くなった後のお子さんの生活について考える機会はあると思うんです。
親御さんの方が先に他界することが多いですから。
その時にそのお子さんの生活を実現するためにはどうすればいいのか、ということをうまくプランニングして、他の家族にも根回ししておくことが大事だと思います。
考えられる相続対策とは
ーでは、実際に生前対策をする場合の対応について伺いたいと思います。まず財産の管理という面ではどんな方法が考えられるのでしょうか。
大きく分けて信託と後見、この2つの方法を検討することになると思います。
ただし、信託だと身上監護に関する視点が抜け落ちてしまうリスクもあります。
そのあたりのケアを含めて、信託のスキームでやるのか後見のスキームでやるのかというところも含めて、プランを決めていく必要があります。
ー実際に相談に来られた方に対して、どんなプランを提案されることが多いでしょうか。
財産の内容や親族関係によって、ご提案するプランは変わります。
お子さんが複数いる場合、ほかの子どもたちにも配慮しないといけないのかという問題もありますから。
また、障害がいるお子さんに兄弟がいるということであれば、もしかしたら障害のある子の面倒を見てくれるケースもあるかもしれませんよね。
もし兄弟が面倒を見てくれるのであれば、その人に財産を集中するという選択肢もありえます。
ただ、その場合はそれを勝手に使われないようなスキームを考えなければなりません。
どの方法がよいのかは本当にケースバイケースです。
いろんな組み合わせを考えて、それぞれのメリット・デメリットを踏まえて親御さんに選んでもらうという対応をしていますね。
ー財産を勝手に使われないようにするためのスキームには、例えばどんなものがあるのでしょうか。
例えば後見制度であれば後見監督人がいますし、信託制度でも信託監督人を選任することができます。
これらの人たちが後見や信託が適切に行われているかをチェックしてくれるんですね。
ちなみに、信託では「信託監督人にどういう監督をしてもらうのか」ということを契約内容に定めることができます。
このあたりについては契約内容で決めるものなので、実際にどういった契約にするかどうか考えないといけません。
ー複数お子さんがいて一人だけ障害を持つお子さんがいたりすると、ほかの子供たちの間で遺産の配分でどうバランスを取るのかという問題も出てくると思うんです。その場合親としてどんなことに気をつければいいんでしょうか。
子どもの障害に理解のない兄弟がいる場合は大変だと思います。
「障害があっても関係ない法定相続分で分けてほしい」という要求をされた場合、それを法的に阻止する手段はおそらくないと思うんです。
親御さんが兄弟に理解してもらうよう努めるか、それが難しいのであれば遺言を作るかという話になると思います。
ここでも生前対策が必要になってきますね。
しかし、こうした生前対策を作るにもいろいろな選択肢がありますので、やはりここは専門家の手を借りることをおすすめしたいです。
生前対策を考える場合の注意点
相続について考える上で障害のある子に財産を多く残したいと考える親御さんも多いと思います。
しかし、障害がある子を心配するあまり、その子に財産を集中させすぎてしまい、それがトラブルの原因になることもあるんです。
ー財産を集中させることがトラブルになるんですか?
はい。
お子さんにお金を集中させる事自体は悪くないと思うのですが、本人の側に適切な人がついていないと、よくない人にお金を取られてしまうというケースもあるんです。
ですからお金を集中させるだけでなく、集中させた後のことも考えておく必要があります。
「こんなふうにお金を使ってもらう」というプランがないと、結局その子は周りからお金を取られて困ってしまうのです。
だからこそ、一定程度信頼性の担保されている人にお金の使い方を委ねて、変な使われ方をしないようにしておくというプランを作ることが大事だと思います。
ーつまり、お金を集中させるのと管理がセットというイメージなんでしょうか。
そうですね。
お金を集中させることは、あるべきプランの両翼のうちの1つでしかありません。
ちゃんとお金を集中させた上で、管理や支出の状況をチェックする仕組みまで考えておく必要があると思います。
ーちなみに、こうした準備を始めるのに適したタイミングというのはいつぐらいなんでしょうか。
早ければ早い方が良いと思います。
というのも親御さんがいつ亡くなるのか分からないですし、その方が突然いなくなったら一番困るのは障害を持つお子さんです。
さらに親がすでに子の成年後見人になっているような場合は、その後の後見人をどうするのかという問題もありますよね。
60歳、70歳になったらエンディングノートを書く終活を始める方もいらっしゃいます。
そういった終活と一緒に生前対策を始めてもらいたいなと思います。
普通はお子さんの方が長生きするケースが多いと思いますので、なるべく前倒しに考えておいた方がいいでしょう。
弁護士からひとこと
障害のある子どもに対応するということで親御さん自身ご苦労が多かったと思います。
その負担を誰に引き継ぐのかというところで、尻込みしてしまう気持ちもあると思います。
しかし、あらかじめ相談していただければ、その仕事を任せる人に報酬を渡すようなスキームを作ることも可能です。
誰かに余計な負担をかけずに、その子の平穏な環境を守る方法はあります。
障害のあるお子さんを持つ親御さんはぜひ気軽にご相談していただければと思います。
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