介護をがんばったので遺産を多くもらうことはできますか?【弁護士解説】
特定の子どもに親の介護の負担が集中した場合、他の兄弟姉妹との不公平感から相続トラブルが起きやすい傾向があります。
「介護を頑張ったので、相続では報われてほしい。遺産が多くほしい」と考える方は少なくありませんが、実際にそうした希望を叶えるためには法的なハードルをいくつも乗り越えなくてはいけないようです。
介護を頑張った人が金銭的に報われるためにはどうすればいいのか、那賀島弁護士に伺いました。
事例
私は3人姉弟の長女です。
父親が亡くなった後、一人暮らしをしていた母がすっかり弱り、自分一人で生活するのが難しくなったので3年前に自宅に引き取りました。
幸い夫や子どもも協力的で、デイサービスなども利用しながら母の介護を続けています。
妹と弟は遠方におり、たまに顔を出す程度で介護については知らんぷりです。
今、気になっているのは相続のことです。
昔から弟は「長男だから」と両親に優遇され、妹は「末っ子だから」とやはり甘やかされてきました。
私は大学進学時にも「家から通える国立大学以外はダメ」と言われていたのに、弟も妹も県外の私立大学に進学しています。
こうした事情もあるものですから、将来の相続で弟と妹がいいところ取りをするのは許せません。
介護を頑張っている私が相続で報われるにはどうすればいいのでしょうか?
介護と寄与分は直接的には関係がない!?
ー今回のケース、相談者さんの言い分としては、親に献身的に尽くしたからその分遺産は多く欲しいということのようですが、そもそも介護をがんばると遺産が多くもらえるということはあるのでしょうか?
そうですね。
実際、介護で大変な苦労をされた方が「介護をがんばったから、相続ではその分も考慮してほしい」と相談にこられることは多いです。
ただ、残念なことに、介護をがんばっているだけで遺産が増えるのかというと、そんなに簡単にことは進まないのですよね。
相談者さんは推定相続人になりますので、介護によってもらえる遺産の金額が増えるという主張をしたいのであれば「寄与分」の問題になるかと思います。
寄与分というのは、本人の相続財産の形成に貢献した人はその分遺産を多くもらえるという制度です。
この説明からもわかるとおり、寄与分というのは、親孝行な子どもがお金を多くもらえるという制度ではないんですよ。
ー親の面倒を熱心にみたかどうかといった要素はあまり関係ないんですか……。
気持ち的な問題よりも、本人の財産の維持・増加への貢献度の方が重要な要素なのですね。
今回の事例ですと、介護をしているのは同居の長女である相談者さんですが、仮に長男である弟さんが東京でめちゃくちゃ稼いでる人で、親に月10万円の仕送りをしているとしましょう。
その場合、弟さんがまったく介護に関わっていなかったとしても、弟には仕送りした分についての寄与分が認められるんですね。
毎月10万円仕送りしたことで、お母さんの財産形成が進みましたね、ということで。
介護をしていないとはいえ、10万円も仕送りしている子どもが親不孝かと言われると……正直道徳的には評価できませんよね。
ー正直、仕送りで介護費用がまかなえている可能性もありますよね。直接親の面倒は見ていないとはいえ、親に財政的な援助をしたことは評価されるべきだと思います。
そうなんですよ。
寄与分の有無はあくまでも財産面を中心に客観的に判断されるもので、介護したから自動的に遺産の取り分が増えるというものではないんです。
寄与分の主張が難しいといわれる理由
ー介護を理由に、寄与分の主張をするのは難しいのでしょうか?
ケースバイケースではありますが、主張が難しいケースも多いですね。
というのも、親族には扶養義務というのが認められているので、多少親の介護をがんばったとしても「扶養義務の範囲内でしょ」と評価されやすいんですよ。
ある程度親の面倒を見るのは社会常識的に当たり前だよね、と考える傾向が裁判所にはありますので、介護を理由に寄与分を認めてもらうのはなかなか難しいのかな、と思います。
もっとも介護認定の状態がかなり上であるとか、認知症で徘徊があって苦労した、といった事情があれば、「扶養義務の範囲を超えるような特別の介護があった」と認められる可能性はあります。
ただ、今回の事例ですと、デイサービスも利用しながら介護を続けているという状況ですよね。
となると、寄与分を認めてもらうための事情としては非常に弱いかな、と感じます。
ー寄与分が認められるまでのハードルはかなり高いんですね……。
そうですね。
今回の事例のようなケースでは、「まずはご自身で寄与分の主張をしてみてはいかがでしょう」というのが弁護士の法律相談での回答にはなるんでしょうけど、そもそも扶養義務を超えるレベルの介護があったのかどうか、というのが、まず問題になりますね。
もうひとつ、寄与分を主張するためには「これだけ寄与したんだ」という事実を主張しなければいけないんですが、その主張の裏付けとなる資料が残っていないケースがかなり多いんです。
介護の記録や日記といった「いつ誰が、どんな内容の介護をしたのか」がわかる資料がないと、裁判所としても「扶養義務の範囲を超える特別の寄与があった」という認定はしにくいのです。
ー裁判所に自分の主張を認めてもらうためにも、客観的な証拠が必要なんですね。
そうなんです。
しかし、実際には、みなさん介護や看護で忙しく、詳細な記録を残す気力がないまま日常がどんどん流れてしまって、というケースが多いです。
もし今、介護を担っている方で、相続で寄与分を主張しようという気持ちがあるのであれば、まずは介護記録を作るというのが大切になるかもしれませんね。
寄与分以外の方法で介護の担い手が金銭的に報われるには?
ー寄与分という制度はあるものの、実際に認められるにはかなりハードルが高いということがわかりました。介護の担い手が報われるためには、他にどんな方法があるのでしょうか?
まず遺言ですね。
遺言を書いてもらえれば、それが一番です。
口約束で「おまえには苦労をかけたから遺産を多くあげる」と言われても、法律的には意味がないですから。
あとは、どちらかというと事実上の救済になってしまいますが、親御さんの認知機能に問題がない場合は、生前贈与で金銭をもらうという方法も考えられますね。
今のところ、年間110万円以内の贈与であれば、贈与もかかりませんので。
意識のしっかりしている親の納得・承諾の上で贈与してもらう、というのがポイントです。
勝手に親の口座からお金を引き出すと窃盗や横領になってしまいますから。
ー「月数万円、お小遣いをもらえると私ももっと介護頑張れるんだけどな」と(笑)。これは比較的介護を担う子どもからも言いやすい気がします。「遺言を書いて」とお願いするよりハードルは低そうですね。
日本の場合、遺言を書くことに対して抵抗感のある方はいまだに多いんです。
また、子どもを平等に扱いたいという気持ちを優先させる親御さんも多いので、苦労をかけている子どもに悪いなあと思いながらも遺言を書くまではいかないケースが多いように思います。
弁護士からひとこと
親を介護したことをその後の相続で反映してもらいたい、という気持ちがあるのであれば、親に遺言を書いてもらうのがベストではあります。
ただ、弱った親に対して「遺言を書いてくれ」とお願いするのが心苦しいという方もいるでしょうし、親の認知能力が落ちていて遺言を書くどころではないというケースもあるでしょう。
日本の場合、遺言を書くことへの心理的ハードルがまだまだ高いという方も多い印象があります。
ただ、自筆証書遺言は、ペンと紙、印鑑さえあればすぐに書き始めることができるため、みなさんが想像しているより簡単に作成できます。
遺言の内容も極端な話、「○○に遺産の1/3、○○に遺産の2/3を相続させる」といったようなざっくりしたものでも問題ありません。
最近では法務局で自筆証書遺言を預かってくれる制度も始まりましたので、昔に比べても遺言作成のハードルは下がっています。
遺言を作成する本人の財産状況や体調は年々変わっていくものです。
リタイア直後にまず1回作ってもらい、その後は3~5年に1回くらいのペースで書き直すといいのではないか、と個人的には思います。
遺言があることで防げる相続トラブルというものは相当数あります。
可能であれば親が元気なうちから気軽に相続や遺言について話し合っておくとよいかもしれません。
その他のコラム
自筆証書遺言の書き方
「自分の死後も家族みんなで仲良くしてほしい」という希望をもたれる方は多いと思います。 しかし残念ながら、こうした希望がかなうケースばかりではありません。 相続をめぐって争いが起き、とりかえしのつかないところまで家族関係がこじれてしまう可能性もあります。 こうした相続トラブルを防ぐ有効な手段の1つが、あらかじめ遺言を書いておくことです。 遺言を作成することで、防げる相
【地方親×都市圏の子ども】弁護士に聞く〜相続で困らないために知っておくべきこと〜
地方在住の子どもたちが就職や進学をきっかけに、都市部や首都圏に出て行く。そんな光景は珍しくありません。今や親子が離れて暮らすことで大きな不便を感じることはあまりないかもしれません。ところが物理的に離れた場所で相続が発生すると、さまざまな不都合が生じることが。そこで今回は当事務所の那賀島弁護士に「離れて暮らす家族や親戚で発生した相続のトラブル」について伺いました。 親の近くに住んで
「亡くなった親戚の相続人がゼロ問題|財産を相続するためにはどうすればよい?【特別縁故者の申立て】」
国立社会保障・人口問題研究所によると、日本人の50歳時点の未婚者の割合は男性で23.37%、女性は14.06%。 ここには離婚や死別による独身者は含まれません。 未婚=子どもを持っていないという訳ではありませんが、この中の相当数が生涯子どもを持たない方だと推測できます。 結婚もせず、子どもも持たないことによるさまざまな問題が取り沙汰されていますが、相続の現場でも課題が生じることがあります。
相続財産の調べ方は?そもそも何が遺産になるの?【弁護士解説】
相続が起きた場合、相続人は被相続人から何を引き継ぐことになるのでしょうか。 一般的には預貯金、不動産といったものをイメージしますが、那賀島弁護士いわく「実はそれだけではない」といいます。 「遺産がもらえそうだから」という理由でなんとなく相続してしまうと、思わぬ不利益を受ける可能性もあるようです。 後悔しない相続をするためには、何が相続の対象になるのかをきちんと把握するところから。 そこで、
モメそうな相続こそ遺言執行者を【弁護士解説】
資産が多い、相続人や利害関係者が多数いる、家族関係が複雑だ……こういった事情を抱えた相続は、たとえ遺言を作ったとしても相続の手続きが紛糾しがちです。 そこで、重要となるのが、遺言の内容を粛々と実現してくれる遺言執行者の存在です。 遺言執行者とは何者なのか、どんなときに必要なのか。 遺言執行者が必要となるケースやその仕事内容について那賀島弁護士に伺いました。 事例 私は70