知っておきたい遺言の種類と作り方のポイント【弁護士解説】
遺言を作成しようと決意した方がまずつまずいてしまうのが、「どうやって書けばいいのか」という点だと思います。
今は遺言の書き方についての情報も本やネットで容易に手に入る時代ですが、それでも有効な遺言を作成するのは意外と大変です。
そこで、今回は遺言の種類や作り方のポイントについて、那賀島弁護士に伺いました。
事例
私は5年前に定年退職をし、今は妻と二人で東京都郊外の分譲マンションで2人暮らしをしています。
子どもは3人いますが、いずれも独立し、家庭を持っています。
今のところ家族関係は円満です。
私もそろそろ良い年ですので、自分の死後の妻の生活や家族関係が気になるようになってきました。
それなりに財産があることもあって、特に相続が心配です。
相続トラブルを避けるためには「遺言を書くといい」という話を雑誌で読んだのですが、法律の分野は素人だけに何をどう書いたらいいのかわからないのでアドバイスをいただけると嬉しいです。
めぼしい財産は今住んでいるマンション(私名義。時価4000万円相当)、預貯金3000万円、株式1500万円です。
その他、自分の両親から相続した田舎の土地(農地)があります。
知っておきたい遺言の種類
ーメディアやネットニュースでも遺言について取り上げられる機会が増えてきました。
ただ、遺言って適当に紙に書けば大丈夫というものでもないみたいですよね。
様式が法律で厳格に決まっていますからね。
様式に問題があると、その時点で遺言が無効になってしまいます。
ーなるほど。
法律のルールに沿って作らないといけないんですね。
法律で認められた遺言にはどんなものがありますか?
遺言にはいくつか種類がありますが、利用者が多いのは自筆証書遺言と公正証書遺言です。
まず、自筆証書遺言は本人が手書きで作成する遺言です。
「亡くなった後に遺言が出てきた!」と弁護士のところに相談に来られる場合は、自筆証書遺言が多い印象があります。
一方、公正証書遺言は、公証人が作成に関わる遺言です。
公証人が作成に関わるので、様式の問題で無効になりにくいという特徴があります。
作成から弁護士が相談に乗る場合は、公正証書遺言が多いですね。
あとは、遺言の内容に問題があって、「こんな遺言が残っていたんですよ」と困った親族の方が相談に来られるケース。
これも結構あるかなと思います。
ちなみに、もうひとつ、遺言には秘密証書遺言というものもあるのですが、作成に手間がかかるせいなのか、ほとんど利用されていません。
自筆証書遺言のメリット・デメリット
ー本人が手書きで作成するのが自筆証書遺言とのことですが、どんなメリットがあるのでしょうか。
まず最大のメリットは気軽に遺言を書けることでしょうね。
紙とペン、印鑑があれば、すぐに作れます。
本人が自分一人で作れるので、費用もかかりません。
ー「遺言は定期的に書き換えた方がいい」と先生もよくおっしゃっていますが、そうしたニーズにも合っていますね。
そうですね。
ただ、自筆証書遺言には様式が守れなくて無効になるリスクが大きいというデメリットがあります。
有効な自筆証書遺言を作成するためには、遺言の全文・作成日の日付を手書きして、署名・押印をしなければならないんです。
が、どこかに不備があって遺言が無効になってしまうケース、これは実務上かなり多いです。
私のところに持ち込まれる遺言にも結構ありますよ。
ーそうなんですね。
ちなみに、どんな理由で無効になってしまうパターンが多いのでしょうか。
一番多いのは押印を忘れてしまうケースですよね。
次に多いのは、日付の入れ忘れでしょうか。
日付、署名、押印のどこかでひっかかるパターンが多いように思います。
最近、法改正があって財産目録の部分だけはパソコンで書いてもいいことになったんですけども。
ただ、その場合は毎ページに署名と押印をしないといけないんですよね。
今後は、財産目録のページに署名と押印を忘れて遺言が無効になる……というケースも出てくるのではないでしょうか。
署名する代わりに名前のゴム印を押してしまっただけでも、法律的にはダメということになりますからね。
ー想像以上に厳しいですね。
そこが自筆証書遺言の最大のデメリットかな、と思いますね。
あとは偽造・変造、隠蔽のリスクも、自筆証書遺言のデメリットとしてあげられます。
ただ、最近は法務局で自筆証書遺言を預かってくれるサービスが始まりましたので、今後はこうしたサービスを利用することで偽造や隠蔽のリスクは下げられるかもしれません。
ー遺言の偽造や隠蔽って結構あるんですか?
表に出ていないだけで、ひそかに起きている可能性はありますよね。
特に自筆証書遺言って隠されてしまうと、誰も存在することを知らないまま終わってしまうので。
また、偽造や変造は親子だと筆跡が似ていたりするので、偽造があったとしても判定がものすごく難しいんですよ。
ただ、以前、裁判で「この自筆証書遺言は偽造だ」と主張して、それが認められたことがあります。
問題の遺言に使われていた紙が、遺言が作られたとされる時期には存在しなかったんですよ。
ーまるで、ドラマのような展開ですね。
そういうこともありました。
ですので、自筆証書遺言の場合は遺言そのものが無効になるリスクに加えて、偽造、隠蔽のリスクはあるということは心の片隅に置いてもらえるといいなと思います。
ーほかに自筆証書遺言のデメリットはありますか?
これは遺言を残した本人には関係ないですけど、残された人の手続きが若干大変になるということですかね。
自筆証書遺言の場合、検認という手続きが必要になるので。
検認は遺言の偽造・変造防止のために遺言の状態を確認する手続きですが、手続き自体はそんなに面倒ではありません。
ただ、申し立てから終わるまで1ヶ月半くらいかかるので、その分相続税の申告手続きなどが押してくる可能性はあります。
公正証書遺言のメリット・デメリット
ー一般的に弁護士の先生は、公正証書遺言推しという印象があります。
公正証書遺言のメリットってズバリなんですか?
やはり形式面の問題が起きにくいので、無効にはなりにくいですよね。
また、公証役場に保管されるので、偽造・変造・隠蔽のリスクがないですし、相続後に遺言があるかどうかの確認も簡単です。
検認もいりませんしね。
ー一方、デメリットは……。
お金がかかることでしょうか。
ーなるほど、いくらくらいかかるのでしょうか。
そうですね。
弁護士に相談してドラフトを作る場合は、10万円くらいかかるかなと思います。
プラス公証役場の手数料ですね。
これは遺言書の枚数と財産によって決まるのですが、数万円はかかりますね。
ー結構しますね。
気軽に何回も書き換えるという感じではなくなっちゃいますよね。
こまめに書き換えるのは現実的ではないかもしれません。
ただ、財産の状況や人間関係、本人の気持ちって、どんどん変わっていくものですから。
書いて終わり、というわけにはいかないんですよね。
公正証書遺言であれば、5年に1回くらい書き換えていただけるといいのかなと思います。
もちろん公正証書遺言を書いた後に自筆で……ということもできるんですけど、自筆証書遺言が隠されてしまったり形式不備で無効になってしまったりすると結局公正証書遺言が最新の遺言ということになってしまいますからね。
弁護士からひとこと
現在、遺言の主流は自筆証書遺言と公正証書遺言です。
どちらもメリット、デメリットありますが、遺言の効力という点では差はありません。
ただ、特に最近は本人の筆跡の特徴を取り込み、本人そっくりの文字を書くAIも登場しています。
こうしたことも考えると、今後自筆証書遺言の信頼性が下がってくる可能性もあるかもしれません。
こうしたことも踏まえると、本人確認を公的な第三者が行ってくれる公正証書遺言の信用性は、どんどん高くなっていくのではないかというように思います。
いずれにしても、遺言の作成では、形式も内容も後で争われにくくするために作るのがポイントになります。
遺言の作成を考え始めたら、その段階で一度弁護士に相談していただけましたら幸いです。
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