自分の遺産をあげたくない子どもがいる場合の相続【弁護士解説】
終活を始めるにあたって、遺言について考える方も多いと思います。
しかし、相続では遺言さえあれば基本的に本人の意思が優先されるとはいえ、本人の希望によっては相続人の反発を招いて「争族」になってしまうリスクも否定できません。
特定の子どもだけに相続させたい、といった不平等な内容の相続を考えている場合は、なおさらです。
今回は、相続させたくない子どもがいる場合に取りうる手段について、那賀島弁護士に伺いました。
事例
私(A)は70代、成人している子ども2人B・Cがいます。
夫とは数年前に死別しました。
私は今のところ再婚する予定はなく、このままだと子どもたちが相続人になるのだと思います。
ところが、子どものうちBとは、Bの結婚問題が原因で親子関係が疎遠になっています。
私としてはB、さらにBの配偶者Dに不信感を持っており、私の遺産を狙っているのではないかという疑惑を持っています。
最近ではしきりに「遺言を書くように」と迫ってきます。
一方、C夫婦は私の近くに住み、一人暮らしの私をいろいろと気にかけてくれますし、孫との関係も良好です。
私としてはBには遺産を一切残したくなく、C夫婦や孫にすべての遺産をあげたいと思っています。
生命保険の受取人もCにする予定です。
遺言を書けば、私の希望は叶うのでしょうか。
また、それが叶わない場合、できるだけC夫婦や孫に財産を多く残してあげる方法はありますか。
特定の誰かに一切遺産をあげないというのは難しい
ー今回の相談内容なのですが、まず相談者の「Bには遺産をあげたくない」という希望は叶うのでしょうか?
そうですね、この事例のように「特定の相続人に遺産を残したくない」というケースはあるんじゃないかと思います。
ただ、原則として民法は「ある相続人に遺産をあげるのは嫌だ」という感情を保護していないんですよ。
相続では被相続人の意思が一番尊重されるべきではあるのですが、一方で相続には相続人の生活保障という一面もあるんですね。
ですから、兄弟姉妹以外の相続人には、遺留分といって最低限の遺産を受け取る権利が保障されています。
だから、このAさんの思いを100%実現できる方法というのはなかなか難しいのではないかと思います。
例外があるとしたら、相続人の廃除を申し立てられるようなケースでしょうか。
民法上、一方的な虐待や重大な侮辱を被相続人に加えたような場合や、相続人に家族の縁を切ってもおかしくないような著しい非行があった場合には、相続人の廃除という手続きが認められているんです。
ーなるほど。たとえば家庭内暴力があったとか、脅迫したといったようなケースでしょうか。
そうですね。
もしこうした相続人の廃除の要件に該当するような事情があれば、相続人の廃除を申し立てるという選択肢はあるかもしれません。
ただ、相続人の廃除については裁判所も厳しく判断しているような印象もありますので、このあたりはケースバイケースの判断になってくると思います。
特定の相続人に遺産をできるだけ多く相続させるには?
ーBさんの取り分をゼロにするのは難しいと。では、できるだけ財産を多く残すにはどうすればいいのでしょうか?
一般的にこういうケースであれば、まずは遺言を作り、「遺留分の請求はしないように」という内容の付言事項を残しておくという方法が考えられますね。
さらに、相談者さんがやっているように、相続財産とは別に生命保険をCのために残してあげるという手段もあると思います。
特に富裕層の方ですと、生命保険を相続対策で使うということを実際にやっていることはありますよ。
ーここまで、生命保険、遺言って言ってきましたけれども、Cさん夫婦や孫に他に財産残してあげる方法ってありますか。
まず養子縁組という選択肢はありますよね。
本当にCさん側にいっぱい財産を残してあげたいと思ったら養子にしちゃえばいいですよね、奥さんを養子にしてあげて、Bさんの遺留分を減らしちゃうというやり方もありますよね。
それがAさんの意向に合致するのかっていう問題はありますけれどもね。
もし意向に合致するんだったら養子にしちゃうという選択はあるでしょうね。
あとは孫に遺贈するとか、Bさんの遺留分が極力出ないような形で信託のスキームを作るという方法もあります。
信託は今、資産家の中では流行ってきている相続対策ですね。
ー一応なんかゼロにするのは難しいかも。Bさんのあの取り分をゼロにするのは難しいかもしれないけれども、できるだけかなえる方法はありますよ。
そうですね、難しいかもしれないけれどもやりようはあるかもしれないという形になるんでしょうかね。
遺言を書く場合の注意点
ー先ほど「遺言を書く」という話が出ましたが、実際に遺言を書く際に何か注意点はありますか。
基本的には遺言を書いてCさんに全部相続させるとか、Bの相続分はゼロだよ、みたいなふうに書いておくのがいいのかなと思うんですけども、死後Bさんの反発を招いて遺留分の侵害が問題になる可能性があります。
付言事項には基本的には法的な効力はないのですが、内容によっては遺産をもらえなかった方の不信感を煽ることは多いですよね。
「うちの親がこんなことをいうわけがない」とBが主張してもめるということはよくあります。
ーなるほど親がよかれと思って書いたものでかえってもめるという。
そうですね。
かえって「これは親の真意ではない。親は逆に僕と会ってるとき、Cのことを嫌ってましたみたいな」ことを言う人も多いんですよ。
遺言って、故人の意思が遺されているといえば聞こえがいいですけど、やっぱりブラックボックス的な性格があるんですよね。
ー書かれた状況まで含めて、実際に遺言がオープンになるまで何がどうなっているかわからないと。
そうです。
遺言の内容自体が相続人の反発を招く可能性もありますし、付言も万能ではありません。
もし付言を残すのであれば、「Bさんにはこれだけあげているので、Cさんに全部あげるんだよ」といった相続人の公平感を図るような内容の方が有効なのかもしれませんね。
実際にありがちなのは、「私の面倒をよく見てくれたので、こういう遺言にしました」という内容の付言ですよね。
ーよくありそうな話ですが、それで問題になるんですか?
と思うでしょう。
でも、実際によくよく当事者の話を聞いてみると、「実は最後まで面倒を見ていたのは、遺言に書かれている人じゃないです。
実は私の方なんです」っていうことでトラブルになるケースが非常に多いんですよ。
たとえば、「親の面倒を見てくれたから、長男に遺産を多くあげたい」という内容の付言があったとします。
しかし、「長男が親の面倒を見た」っていう実情がただの同居で、実際親身になって周りの世話をしていたのは、他の子どもだったみたいな話はよくあるんですよね。
ーそれは不公平ですね。真面目に親の面倒を見ていた子どもほど怒るのでは?
そうなんです。
実際そうやって泥沼になっているケースはよくあります。
遺言を残した時期にもよるんですけど、皆さん大体亡くなる6、7年前に遺言を書くことが珍しくないんですね。
そのタイミングって、まだまだご本人も元気なんですよ。
遺言で「面倒を見てもらった」と言えるほど、面倒を見てもらってないというケースもあるんです。
そして、いざ介護の本番となったら、本当に面倒を見てくれたのは、遺言では言及されていない別の子どもでしたと。
実際の状況とは異なる付言が残っていたがために、実際の介護の一番きつい時期に面倒を見た人がもらえないような状況というのもあるんですよね。
そう考えると、やっぱり遺言も万能ではないと思います。
もっとカジュアルに、みんなが気軽に遺言を書き直すような風潮があるんだったらいいんでしょうけれど、日本だとなかなかそうもいかないですよね。
「遺言って一世一代のお仕事で、一度書けば大丈夫だ」という風潮があるからこその問題だと思います。
弁護士からひとこと
特定の相続人に財産を相続させないようにするのは法律的には難しい部分もありますが、「相続をさせたくない子供がいる」という気持ち自体は尊重されるべきだと思います。
しかし、こうしたご希望をお持ちの方がご自身で相続問題に対応しようとすると、確実に相続が「争う族」になることになります。
なるべく相続トラブルを予防しながら本人の希望を叶えるためにも、早めにご相談いただければ幸いです。
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